Viticulture

ワインを作る上でこだわっていることは何ですか?
という質問をうけます。やっていることが当たり前すぎて、特にありませんと答えることが多いのですが、あえてこういうことをしていますというか、こういう考え方です。ということはありますので、少々ご紹介します。

これは、現時点での考え方ですので変わることもあれば、自分が正しいなどと言うつもりもありません。こんなことを考えています、という程度です。

ブドウ栽培について
ワインの品質は原料のブドウで8割がた決まると考えていますので、何といっても高品質なブドウを収穫しようと考えています。高品質はブドウとは?「糖度が適当に十分で、熟していて、風味の元となる成分の前駆体がたくさん詰まっていて、酸が適当に十分あって、黒いブドウの場合は、更に十分色がついていて、なんといっても健康で、」と、枚挙がありません。がそういった条件を満たすブドウです。ただ、見かけは良くても、食べて美味しくなかったり、熟していなかったり、というのはワインにした時やはり美味しくありません。ではどうやって高品質な「よいブドウをつくるか」、そのあたりを常に考えています。

良いブドウは、健康的な樹、バランスの良い樹、それと条件のそろった気象条件と環境からできると考えています。それで、それら全てが有機的に結びついて始めて良いブドウが収穫できるといえます。

順番からいうと
まず「気象条件」です。
温度:ブドウの生育には適度な温度が必要です。BEDDという考え方がすっきりと入ってきます。Biologically Effective Day Degrees のことで、ある条件で補正された、ブドウの生育期間中の積算温度です。計算方法は、平均気温が10度を越えないと、その期間は0として計算して、19度を越えると全て19度として計算するのです。畑の向きや、近くにおおきな水(河川や湖)があるかどうか、緯度、気候が大陸性か海洋性かなど様々な補正が加えられます。詳しい説明は省きますが、これはブドウの生理現象を考えて提唱された指標です。アルコールの元となる糖分は光合成により作られますが、それは葉っぱのなかで酵素が働いているからです。また、香や味の成分の元となる物質(前駆体)もやはり酵素から作られます。これら酵素は、それぞれ活動するのに最適な温度帯があるので、あまり暑くなりすぎてもそれらの働きが鈍りますし、そもそも葉っぱも気孔を閉じてしまって活動が低下します。ですから、ある地方の気候がいかにその酵素が最大限に働く温度帯にあるかどうかで、どうのような果実になるかが決まってくるのです。そういう意味で、BEDDを既存の気候データから計算することで、たとえば須坂がどの名醸地のBEDDに近いのかが分かります。私は、オーストラリアに留学中に、日本のアメダスの平年値のデータを取り寄せて日本各地のBEDDを計算してみました。その結果、驚くべきことが分かったのです。 実は日本では、北信地方のBEDDがボルドーに非常に近いということです。さらに、東部町(現東御市)はブルゴーニュに近く、北海道はシャンパーニュに近いのです。更に言えば、山梨のBEDDは世界のどこにも無いくらい高い数字で、山形は長野についでボルドーに近い数字でした。

これからどんなことがいえるのか? 長野市周辺では、ボルドー系のブドウはほぼ完熟する。東御市では、ブルゴーニュ系のブドウは完熟するが、ボルドー系のブドウは少し難しそうだ。北海道では、フランス系のブドウよりも更に寒い地域のブドウが適しているのではないか、こう考えたわけです。現在、楠わいなりーでは、シャルドネやピノノワールの畑を増やしてして、メルロー、カベルネ・ソーヴィニオン、セミヨンなどもありますが、ローヌ地方で有名なヴィオニエなども栽培していて最近良いワインもできてきています。シラーは別の理由で難しいですが、若木のうちは良い果実が収穫できました。須坂あたりだと、殆どのフランス系ブドウの栽培が適している訳です。

房周りの葉っぱを除く除葉ということがよく行われます。例えばシャルドネなど、葉の影にあった房は緑がかった色ですが、常に陽にあたっている房は黄色い「飴色」をしています。そのほうが良いと考える人もいて除葉して少しでも黄色い色にしようと考えます。ですが、除葉すると房は直射日光にさらされます。直射日光にさらされたブドウの粒の中の温度はどうなるでしょう? 実際に計った人がいて大体周囲温度より8℃から13℃くらい高かったのです。日向に停めておいた車の中の温度を想像してみて下さい。ということは、酵素の働く最適温度帯を軽く越えてしまうことがあります。こんな考えから楠わいなりーでは除葉は今のところしていません。もちろん元葉(もとは)といわれる新梢が伸び始めてすぐに出てくる葉っぱが光合成をしっかりできる期間がありますので、それを過ぎたら除葉しても光合成にはあまり影響が無いかのように考えられがちですが、私はあまり好ましくないと考えています。 但し、一部のブドウには色づきを向上させるという意味では有効な一面もあるとは考えています。

黒い果実のブドウには、着色が主に温度によって起こるものがあれば、光によって起こるものがあるらしいのです。光が着色を促進する品種に関しては除葉して光を浴びさせて色を濃くするというのは理にかなっています。私の経験では、メルローはどうもそういう傾向が強いようです。生食用のブドウは袋をかけても真っ黒になるブドウがありますよね。巨峰とかナガノパープルがそうです。一方巨峰の枝変わりであるシナノスマイルなどは遮光してしまう紙のふくろでは色が着かないので透明な袋に掛けかえることがあります。光を浴びないと色が濃くならないのです。シナノスマイルは赤系のブドウですが。

カベルネソーヴィニオンなど、オーストラリアでは内陸に入った温度の高いところでは色づきがあまり良くないのです。温度が高すぎるからと考えられています。おそらく酵素が働く最適温度帯にある時間が少ないのではないかと考えられています。また、ピノノワールもブルゴーニュでは南の産地より北の産地のほうが色が濃い様です。これは、ピノノワールの色をつくる酵素の働く温度帯が非常に微妙な範囲にあるせいではないかと私は考えています。これもオーストラリアの例ですが、場所によってはブドウの列を東西にとる畑があります。大体どこでもブドウの列は南北に取るものなのです。そうすると、垣根作りの列では、朝陽があたると東に面した葉が主に光を受け午後は西に面した葉が光を受けます。ただ、あまりにも陽が強すぎるとブドウの温度が上がりすぎてしまうので、そうならないように東西に畝を取る方法も実際にとられているという事です。

日照時間:気象条件でいうなら、次に大事なのは日照時間です。北信地方のBEDDはボルドーには近いのですが、日照時間は比べ物になりません。これを何とかコンペンセイトしたいと考えています。ただ、日照時間が比べ物にならないからといって余り悲観することもありません。カリフォルニアやボルドー、オーストラリアのバロッサバレーでは、夏に日向にでていると素肌がひりひりするほど鋭い日差しです。照度が非常に強いのです。光合成はもちろん光の量に敏感で、ある程度照度に比例して光合成効率は上昇しますが、ある照度に達するとそれ以上は光合成効率が上がらないことが分かっています。これを光飽和と呼びます。ですから、光合成にはぎらぎら光る真夏の太陽がいつも必要ということではなくて、あるいは良いブドウを作るにはカリフォルニアのような太陽がいつも必要ではなくて、適度な照度が長時間続くことが大切なのです。そこで、私がかんがえているのがブドウの棚栽培です。棚に葉っぱを上げてしまうと垣根栽培の畝のように朝は東側だけ陽が当たって午後は当たらないということはありません。朝から日没まで陽が当たっています。問題は角度です。午前中は葉の単位面積当たりの日照量は棚の場合は、垣根つくりの場合より小さいでしょう。日光の角度に対して鋭角ですから。そしてお昼前後に受光量は最大になってまた減少していきます。ですが、受光時間からいくと、東側の葉っぱの表面は半日しか受光しないのに棚の上の葉っぱは一日中受光しています。実際にどちらのほうが1枚の葉っぱが受光する時間が長いかは研究者の実験を待つとして、感覚的には棚のほうが受光時間は長いと感じます。また、実際に棚と垣根で栽培していて、どうも棚のほうが色づきがいいなと感じています。ある時、こういう話をしたらさる有名大学の研究者の方が、実は実験結果があって垣根のほうが日照的には有利なのは明白だとおっしゃいました。垣根の方が、より直角に光を浴びていて、正午ころは少なくなるがまた午後は西側からより直角的に光をあびるのだ。棚の上の葉は、受光角度が鋭角だし正午頃は直角にあたるので温度が上がるし光飽和の状態になるので、光合成的には垣根の方が有利なんだ、とこういうことらしいです。どういう実験なのか詳しくは知りませんが、垣根の東側に面した葉っぱが午後になって午前中と同様に日照を受けるものなのかどうか。確かに西向きの葉っぱは太陽に向いていますが、そのとき東向きの葉は西側の葉の裏側ですし、それだけでも日照量は少ないと思うのですが…。でも、そういうのが研究者にとっては常識らしいです。

塩尻は標高が700メートルほどありますが、メルローが大変成功しています。私は、その原因の一つは昔から棚栽培で作ってきたからではないかと思っています。理由は上で述べたとおり、日照時間の確保ができたからではないかという事です。冬大変寒いところで、眠り病といわれる凍害に悩まされてきて、それを高接ぎなどの技術で克服してきた産地です。BEDDが低いにも関わらず成功してきたのは、収量制限や棚栽培が大きな理由なのではないかと思っているのです。

私も、最近ではブドウの棚があるところはそのまま棚栽培をしています。枝を棚の上に上げて一文字短梢という作り方です。日照量については、後ほど微気象(マイクロクライメット)のところでも取り上げます。

:降水量も大きな影響を及ぼします。根っこが水につかりっぱなしだったり常に水分量が多い場所だと、根腐れを起したり、水はけの悪い粘土質の畑ではそもそも根の張りが少なくなり樹勢は弱くなります。ある程度は水はけは良いのだけれども降雨量が多いとブドウには常に水が供給されます。するとどうなるかというと、樹勢がやたらと強くなります。楠わいなりーのある須坂市は日滝原(ひたきはら)という扇状地であり、多くが果樹の畑になっていて、リンゴなどが細胞分裂を行う時期には果実を大きくするために水が必須であり潅水をするくらいですが、それでも欧米のワインの名醸地と比べるとはるかに降水量が多く水が豊富です。降水量が多いということは、それだけ天気が悪い日が多く必然的に日照量が少なくなります。更に水が豊富にあるせいで樹勢が強くなって、新梢も副梢も腋芽も伸びて葉っぱが生い茂り畑が暗くなります。こうなると、風は通りにくいし、日陰は濃くなるしとよいことはありません。樹のバランス的にも、水があるだけ新梢を伸ばして植物成長しようとするのでエネルギーが房に回るよりも自分の成長に費やされてしまいます。適度な乾燥地帯である欧米やオーストラリアの地中海性気候と比べるとこの点はどうしても不利です。ですから、日本でブドウを栽培する.は水はけの良い場所が非常に重要になります。須坂市の様な扇状地や、丘陵地帯や山の斜面が良いでしょうね。

環境について
気象条件の最後に土壌の条件にも触れました。これからは、環境について述べます。

日本では雨が少なくて水はけの良い場所がブドウ栽培に適しているのです。もちろん、BEDDや日照量が確保されてのことです。とはいえ、海の砂浜の様な場所はどうかというと栽培環境からいうとかなり難しいと考えられます。というのも、扇状地や山の斜面であれば、長年にわたって上部から流れてきて堆積した栄養豊富な土が表面にはあります。古来そういう豊かな場所に畑が開かれてきたわけですから。丘陵や山には腐葉土が豊富で、植物が必要とする微量元素も存在するでしょう。それが、海浜の砂地だと、そういう栄養分も流れてしまったりしてなかなかブドウが健康に育つほど十分には無いように考えられるのです。良い土壌は団粒構造といって、水持ちが良いのに水はけも適度で栄養素のバランスがとれていることです。こういう土壌は植生が多様で植物が根を張りそこに小動物の数が多く細菌が1平方メートル何兆個もいるような生きた土壌なのです。あいにく、海浜の砂地はそういうわけに行かず、常に堆肥やら肥料やらを補給しなければならないでしょう。また植物が必要とする水も少なすぎるかも知れません。

ブドウは土壌表面近くに栄養分が豊富だと根を横にしか伸ばさない、根が地中深く伸びて地中のミネラルをよく吸ったぶどうから素晴らしいワインができるのだ、という考えもあるようです。事実、畑の表面を常に起して雑草を生えないようにして、且つブドウの表面の根を切ってしまうという栽培をしている名醸地もあります。表面を起すのは、雑草の根を切ってしまい、わずかな降水を雑草にとられないようにするという理由もあるようです。 雑草が繁茂すると、水や栄養をとりあったり畑での作業がやりにくくなったりするという実際的な問題はあります。

土壌:これからは土壌についての考え方です。
楠わいなりーの畑は、不耕起です。つまり土の表面を起すことはありません。この点欧米の名醸地とは違います。そうして雑草は生やしておきます。余り雑草が伸びすぎると見栄えが悪いのでたまに草刈をします。その刈った草はそのまま畑の中で腐らせます。除草剤は使いません。除草剤は草の根を枯らしてしまうからです。見栄えが悪いからというのは半分冗談です。余り草が茂ると湿気がたまったり、あるいはブドウの葉っぱを隠したりするから刈るのです。でも、根っこはそのままですから、降水が十分あって雑草の成長に十分な気温のある6月から8月一杯は草は2週間で刈る前の元の高さに成長してしまいます。結構頻繁に草刈をしなければなりません。暑いし、重労働なので、つい除草剤に頼りたくもなりますが、楠わいなりーはあくまでも草刈です。何故か、それは土壌の生物多様性を大事にしているからです。草が生えるのは、ある意味その土地がその草を必要としているからではないかとも考えます。豆科の植物、特にカラスノエンドウやスズメノエンドウ、クローバーなどはその根に根瘤菌という菌がついて一見根にこぶがあるように見えます。この根瘤菌は空気中の窒素を土壌中に固定する働きがります。ですからやせた土地ではマメ科の植物が増えて土地を豊かにしてくれるのです。窒素は植物体をつくる3大要素の一つです。表面の草を動物や昆虫が食べて排泄物を残します、それを別の昆虫やミミズなどが食べて排泄します。それを土壌中の細菌が食べたり、刈り取った草を腐らせて分解します。単に分解するだけではなく、植物が吸収しやすい形にしてくれるのです。それを植物が栄養分として吸収してサイクルが完成します。また、植物の根と根域の生物が分泌物をやりとりしているお互い共生しています。土壌中の水と栄養素から植物が生長して、水と光と二酸化炭素を利用して葉や樹体をつくり、果物や葉や植物繊維が土に返り、それが土壌中の生物に利用されてまた栄養分と成る。こういうサイクルを繰り返すことによって土は豊かになるのです。ですから、蛇足ですがいわゆる遊休荒廃農地として何年か放棄された土地は、実は大変豊かな土壌であることが多いのです。畑として利用されている間は、単一植物が繰り返し栽培されるために、土地は起され草はとられ、その上果実はその土地から運び出されますから、常に肥料をまいて土のバランスを保つ必要があるからです。土壌に雑草の根っこがあるということは、そこを棲家としたり餌場とする小動物や細菌が豊富で栄養が循環する、生物多様性の豊かな良い土壌といえます。そんなバランスを考えて楠わいなりーでは雑草を畑のパートナーとして、ある意味大事にしているのです。 冬になると剪定をしてブドウの枝が大量にでます。これをそのまま畑に返しても自然に分解されるまでには大変な時間が掛かります。ですから焼却するわけですが、私の畑ではその剪定枝を燃やしても灰にはせず、途中で水をかけて火を消し「消し墨」を作ります。そうしてその消し炭を畑にまきます。この消し炭はとても多孔質なのでそこに消し炭が好きな細菌が住み着き、これも土を豊かにしてくれるのです。一説によるとVA菌という細菌が消し炭に好んで住み着きますが、このVA菌は地中の栄養分を植物の根が吸収しやすい形に変えてくれる働きがあるとされています。こうして、生物多様性を保つことでむやみに肥料をやらなくとも必要な栄養素が循環してくれるのです。 弊社では畑に肥料をまかなくなって何年にもなります。栄養素が少なくなると樹が弱くなったり、栄養素の欠如によって起こる現象が現れます。そうした変化を見つけたときには必要最小限の処置をとります。例えば、葉がトラ模様になって明らかに苦土欠(マグネシウム欠乏)の症状が出たときはやはり苦土を補充してやります。マグネシウムが欠乏すると葉緑素が十分に作られずに、つまり光合成が行われないために美味しい果実はできないのです。

ところで、われわれの血はヘモグロビンでできていますが、その構造の真ん中には鉄イオンがあります。実は葉緑素の構造は、このヘモグロビンとそっくりなんですがその真ん中にあるのがマグネシウムイオンなんです。ですので、人間にとっての血が植物にとっての葉緑素なのかも知れません。生物って似ているところがあって不思議ですね。

仕立て方法:さて、楠わいなりー最大のこだわりは仕立て方法かも知れません。日本の気象条件下での樹のバランス(ヴァイン・バランス=Vine Balance)と微小気候(マイクロ・クライメット)を考えた時に、どういう仕立て方がベストか悩んでいました。そうしてたどり着いたのが、いわゆるスマートダイソンという仕立て方です。

これは、フルーティングワイヤを地上120センチほどにとり、新梢を1本づつ上下に向けるという方法です。なぜ、そんなことをするかというと、今まで述べてきた事を実際の栽培に生かすためです。 主な理由は、
(1) キャノピーデディヴィジョン
(2) ヴァイバランス
(3) 風通しや陽の通りやすさ
です。
ブドウはつた植物ですから、陽を求めて上へ上へと伸びてゆきます。古代、棚というものが無い時代は、樹の上にブドウを伸ばして栽培していた時代もあったようです。このよに、ブドウは太陽に向けて上向きに仕立てられた場合に一番樹勢が強くなります。横向きに仕立てると上向きより弱くなり、下向きに仕立てると更に樹勢は弱くなります。つまり、樹勢を抑えるには下向きに新梢を伸ばすようにすれば良いのです。実際下向きに仕立てる方法としてライア方式や、GDCといった仕立て方はあります。また、スコットヘンリーなども、樹を交互にVSPと下向けに仕立てる方法です。スマートダイソンはそのスコットヘンリーを1本の樹の中でやってしまうという方法です。

樹勢が強いと、どんどん新梢は伸びますし副芽や腋芽もどんどん伸びます。その結果房のついている新梢が影になってしまい、肝心な葉の光合成が少なくなって美味しい果実が取れません。色も乗りません。葉で覆われた部分をキャノピーといいますが、キャノピーの一番外側の葉が100の光を受けているとすると、その内側、つまり2枚目の葉がどの程度の光を受けるかというと実に5%しか受けないという実験結果があります。3枚目はそのさらに5%です。そうなると、こんもり茂ったブドウの内側の葉は光合成は殆ど行いません。それどころか、呼吸はしますから呼吸でエネルギーを使うので、せっかく外側の葉が作った光合成のエネルギーを使うだけです。本来房の中に取り込まなければならないエネルギーを垂れ流しているようなものです。光が当たらない部分の葉はやがて黄色く変色して落ちてしまいます。ですので、1枚1枚の葉が光を受けるということが非常に大切なのです。葉が重ならないようにしてやる。これがブドウを仕立てるときに重要な要素です。もちろん、凍害に会わないように高接ぎにする、や雪に堪えられるように主幹を斜めにするなどの工夫も考えなければなりませが。

通常見られるVSP(Vertically Shoot Positioning)は、フルーティングワイヤを地上30センチから70センチにとり、そこに長梢もしくは短梢剪定した結果母子を固定して新梢を全て上向きに誘引する方法ですが、上向きにすること自体が樹勢を強くしてやっているようなもので、勢いよく新梢が伸びます。また、芽の距離は10センチあるかないかですので隣同士の葉が重なりやすくなる上、副芽や腋芽からのびた葉が新梢の葉を隠してしまいます。そうならないように、上向きにでた新梢をある程度欠いてやる必要が出てきて、芽欠きという作業を頻繁に行わなければならなくなります。結構大変な作業です。また、日本のように大量に水分が存在すると樹はどんどん伸びようとしますし、葉も大きくなりますので新梢の距離を広くとらなければならなくなり、そういう理由からも芽欠きが必要です。芽を欠く、とどういうことがおこるかというと、同じ根の張り方で同じ程度のエネルギーを持った樹が、片や10個しか芽(新梢)がないのと、かたや30個ある場合を比べてみると、10個しかない芽にエネルギーが集中するので、一つ一つの新梢が太く強く伸びます。一方芽が多い方の樹はエネルギーが分散するので新梢はあまり太くならず強くもなりません。良いブドウを作るには、新梢の太さは鉛筆程度でよいといわれています。あまり強い新梢ではその新梢がどんどん伸びるためにエネルギーが使われてしまうのであまり良い果実(房)はできないといわれています。巨峰を栽培していると分かるのですが、先端の枝はとても強く伸びますが、親子房になったりして余り良い房にはならないのです。鉛筆程度の太さの新梢は1メートルから1メートル20センチくらいで伸びが止まってよい房ができます。

垣根で考えてみると、株間が短いと1本の樹につく芽の数が少なくなりますので、それをVSPで仕立てるととんでもないことになります。樹が暴れる、という状態になりかねません。こうなると良いブドウは難しくなります。ある程度芽の数を確保してやることが大事なのです。これをヴァイン・バランスといいます。つまり1本の樹に何個の芽を残すのが適当か、という事です。樹の強さ(樹勢)と芽の数のことです。オーストラリアでは、大体1本の樹に30個プラスアルファという数字を唱える研究もありますが、土壌の状態や生育期間中の水分量にもよりますので、普遍化するのは難しいです。また、接木だと台木の種類によって樹勢が強くなるものもあるので、樹を見て調整するしかありません。

このようにVSPでは葉が重なりますので、何とかヴァインバランスを崩さずに(芽を欠かずに)葉の重なりを解消しよという試みが長年行われて来ました。そこで出てきた考えがキャノピーディヴィジョンです。葉が重ならないようにするには、それを分けてやるという考えです。スコットヘンリーも、ライアやGDCなどはそういった考え方ですし、スマートダイソンもその一つです。アメリカでダイソンさんという人が一つの樹でキャノピーを上下に分けているのを見た高名な栽培研究家のリチャード・スマートという人が自分の名前もつけてスマートダイソンという名前で紹介したところから来ています。

さて、そのスマートダイソンですが、基本的に結果母枝の芽欠きは行いませんので目の数はVSPの2倍になります。また、下向きに誘引した枝はあまり長く伸びないものも多いのである程度樹勢コントロールになっていると感じます。とはいえ、やはり副梢も腋芽かからの新梢も伸びますので、摘芯はしなければなりません。放っておくと元々の新梢が日陰になり光合成に支障をきたします。葉が混んでくると、風通しが悪くなるので湿気がたまり病気が出やすくなりますし、陽もささないので光合成も活発に行われなくなります。ですので、余計な葉を切り落とすことはとても大事です。スマートダイソンとはいえ、新梢を上下に分けたらそれで終わりかというとそういう訳にはいきません。

このように、ヴァインバランスという考え方からキャノピーディヴィジョンが生まれ、いろんな仕立て方ができてきているのです。

フランスでよく見る、仕立て方は立ち木仕立てとも言います。一本一本の樹を植木のように仕立てて新梢を上に伸ばす方法です。畝ごとに針金を引いて新梢の誘引をしやすくしています。そして樹高も低いです。樹高が低いのはフルーティングワイヤの位置がとても低いからでもあります。人が立つと枝の先端から頭が見えるくらいです。芽欠きもして新梢の数も少ないです。また株間も畝間も短く、結果的に単位面積当たりに植えられている苗木の数はとても多いです。つまり非常に密植です。あれはあれでいいのです。水が少ないから樹勢が抑えられて新梢が余り勢いよく伸びないのです。摘芯をしても副芽が日本の様に勢いよく伸びることもありません。オーストラリアでも潅水をしないでグルナッシュやシラーズを育てるときは同じような立ち木仕立てでやっているところがあります。 ところが日本であれをやったら大変です。土地は豊かで水が豊富ですから、どんどん新梢やら副芽やら腋芽が伸びて、あっという間にこんもりした森になってしまいます。

さて、マイクロクライメットについても述べなければなりません。結構誤解されて使われている様です。マイクロクライメットとは、キャノピー及びその周囲程度の広さの気候の事で 微小気候とも呼ばれます。須坂市や北信地方といったような広がりをもった気候のことはメゾクライメットといいますが、これと混同されてマイクロクライメット(ミクロクリマ)が使われているようです。さらに大きな範囲の気候はマクロクライメットといって、全国の天気予報やら台風が発生しました、などという範囲のことになります。 マイクロクライメットとはキャノピー内外の気候ですから、葉っぱの重なりがどうかとか、湿気がどうかとか、防除のスプレーがどう葉にどうかかるかとか、そういった程度の範囲なのですが、ブドウの品質にはとても重要なことなのです。これをどうコントロールするか、コントロールできないまでも、どうすればより高品質で高収量のブドウが収穫できるかということになります。要諦は、一枚一枚の葉によく陽があたる様にするということに尽きます。前術のリチャードスマート氏によれば、VSPでは畝の両側で一本の針金の棒を通したときに、その棒が葉や房に何回当たるかを数えて、葉に当たる数が大体1.5回が理想的な葉の密度だとSunlight into Wine の中で書いています。畝の向こう側にいる人が見える程度がその程度なのですが、果たしてあなたの畑ではどうでしょうかね。

今まで見てきたように、キャノピーディヴィジョンをするというのは結局マイクロクライメットを改善するということなのです。ヴァインバランスを適度に保つことも非常に重要な要素です。ブドウ栽培のポイントは、仕立て方も含めて全てマイクロクライメットを良くするということに集約されます。

「その他思いつくよしなしこと」
台木
ブドウの樹はほとんどが接木です。自根で栽培している人もいますが、リスクが大きいです。ブドウにはブドウ根アブラムシ(フィロキセラ)という天敵がいます。クマムシみたいに頑丈な奴です。卵のまま何年でも地中にいられます。薬は効きません。卵からかえるのは全てメスです。その一部が無性生殖して卵を産みます。雌の一部はホルモンの影響か雄に変わります。そして優性生殖して卵を生みます。羽を持っていて空中を飛ぶことができるので結構広範囲に移動できます。これが、ブドウの根について栄養分を吸ってしまいます。かつてアメリカ大陸からヨーロッパに持ち込まれてフランスのブドウが全滅状態になったことがあるほど強烈な天敵です。(今のフランスのブドウ畑は、その後チリから逆輸入された穂木を使って再生しました。チリの人は、自分達がフランスのワイン産業を救ったと誇りにしている様です。)アメリカ原産のブドウの樹はこのフィロキセラに耐性を持っているものがあり、フィロキセラが着いても枯れません。一方ヨーロッパ系のブドウはフィロキセラに弱く、フィロキセラが入ると畑が全滅してしまうので、耐性を持ったブドウの樹を台木として接いで栽培します。台木についだ穂木はまるで台木が無かったかのように育ち実を結びますので、現在世界中で流通している殆どの苗木は台木に穂木をついだ接木です。台木の元となる品種は、3種類ほどのブドウですが、河原原産で水に強いもの、乾燥に強い種類、ライム土壌に強いものがあり、それぞれを掛け合わせて現在は多種類作られています。日本でワインブドウを栽培する際には、今まで述べてきた様に、樹勢が強くならずに、水にも強い台木がよいと考えられており、例えば101-04とか3390を楠わいなりーではメインに使っています。また、生食ブドウ用としてはポピュラーなSO4や5BBは樹勢が強くなりすぎるので避けた方が良い台木です。

防除について(あるいは有機栽培について)
お宅は有機ですか、とか気軽に聞いてこられる方がいますが。うちは、有機ではありません。科学的に合成された農薬も使っています。ということが多いのですが、そういう質問てどうなのかなーといつも思います。

私の栽培に関する考え方は、除草剤は使わず、草生栽培で、合成肥料も使いたくない、また有機でやりたい、という考えです。自然農法が理想だと考えています。でも今はまだ違います。実はよくわからないからなのです。有機栽培が、です。 有機栽培についてですが、堆肥を使いますよね。その堆肥は何かというと牛糞、豚糞、鶏糞などを藁やきのこ栽培培地などと混ぜて発酵させたものです。家庭ごみを使っているところも多いですよね。コンビに弁当とかも入っていたり…。 植物繊維や糞類は細菌によって分解されて植物が吸収しやすい形になっているのでしょう。それはいいのですが、ではその糞を生む牛や豚や鶏は何を食べているのでしょうか? コンビニ弁当には? 有機といったときには、その糞のもとも規制されたほうがいいのではないでしょうか? 牛や豚や鶏は配合飼料を餌として与えられますが、その中には成長ホルモンやら抗生物質やら、そういったものが混ぜられています。そして、それはかなりの量糞の中に存在して細菌によって分解されることなく堆肥に入っています。そういう物質がたくさん入った堆肥でそだった野菜や果物は安全でしょうか? また堆肥を大量に施肥された野菜や果物には、必要以上に硝酸態の窒素が存在してはいないでしょうか? 私は、そこらへんがよく分からないのです。 分からないことを盲信できないので、堆肥が安全であるとか良いものだとにわかには信じられないのです。ですから、有機有機 というのにはいつも疑問符がついてくるのです。 どの程度、有機は良いものなのか誰か教えてくれませんか? アメリカやスイス、ドイツといったいわゆる有機栽培の先進国では、有機と呼べる堆肥を作る牛や豚や鶏にはやっていい飼料が決められていると聞いたことがあります。成長ホルモンや抗生物質などは制限されているらしいのです。 一方日本では、有機肥料というものに使われている堆肥をつくる動物に与える餌の成分の規制は無いと聞いたことがあります。誰か真実を教えて下さい。

また、有機栽培では科学的に合成された農薬を使うことが禁じられています。ブドウは、特にヴィティス・ヴィニフェラと呼ばれるヨーロッパ系品種はとても病気に弱くて、明治時代に日本に輸入されたブドウは、ヨーロッパ系は全滅して、病気に比較的強いヴィティス・ラブルスカというアメリカ系品種のみ残って、その後の日本での生食用ぶどうとして交配され栽培されてきています。その病気は、ベト病、うどん粉病、晩腐病などです。とくに、ベト病は天敵です。これに効くのはボルドー液と呼ばれる、硫酸銅石灰を混ぜた液体ですが、これはどちらの成分ももともと自然界に存在するので有機栽培でも使ってよいことになっています。あいにくベト病に効力があり有機として使えるのは現在ボルドー液しかありませんので、これを散布します。大体40倍から100倍くらいです。有機栽培のブドウは、遅くも開花時期から2週間程度置きにボルドーを散布します。発芽前には硫黄合剤という硫黄と石灰の混合液を散布します。その、ボルドーですが、硫酸銅です。銅イオンがベト病菌を殺すので効くわけですが、足尾銅山の例があるように環境にとって好ましいものだといえるのでしょうか? やはりスイスやドイツなどでは1年間に散布できる銅の量は法律で決められていると聞いていますが、日本では規制はありません。ブドウへの適用も、何度でも収穫直前でも良いことになっています。さすがに収穫直前に散布する農家はないと思いますが…。科学的に合成された農薬ですが、最近の農薬は残効が非常に短くなっていて更に自然界で分解されてしまうものが多いと聞いています。その真偽については私は知りませんが、銅は土壌に浸透しやがて河川から海に流れ込むでしょう。その過程でどの程度環境を汚染するのか。私には、どちらがいいのか見当がつかないのです。有機や自然農法で栽培できればそれにこしたことはありませんし、私もそうしたいと思っています。しかし、現時点ではどちらが良いのか分からないので手をつけずにいるというのが現状です。

更に 亜硫酸塩(二酸化硫黄)についての考えです。 最近無添加をうたったワインもあります。亜硫酸塩を添加していないワインという意味です。ワインを飲むと翌日頭が痛くなるが、無添加のワインならそうならない、と言う人もいます。無添加のワインはないのかと聞く人もいます。無添加ワインの方が良いのでしょうか? 高いワインで無添加のワインは余り聞いたことがありません。しいて言えばプロヴィダンスが無添加をうたっているくらいでしょうか?

この亜硫酸塩ですが、無添加だからといってワインに入っていないわけではないのです。酵母の働きで発酵過程で若干ながら生成されます。ですから、完全な亜硫酸塩フリーなワインは存在しないといってもいいのですが。それはさておき、酸化防止剤として食品添加物として様々な食品に使われている物質です。単位グラム当たりの使用量で一番多いのはドライフルーツだそうです。国内産の、最近はやりの農家が作っているドライフルーツには使われていないでしょうが、輸入物のドライフルーツにはかなり使われています。酸化防止剤でありながら殺菌効果も大きいため、カビなどが生えたり腐ったりするのを防ぐ目的でしょうね。 ワインですが、ワインにも入れます。やはり酸化防止が目的です。ご存知のようにワインは酸化すると品質が著しく劣化しますのでそれを防ぎたいのです。更に殺菌効果があるので、細菌の増殖も抑えてくれます。ワインの寿命を延ばして健全に熟成させるためには必要な物質です。亜硫酸塩はワインの中ではどうなっているか、実はその殆どがワインに含まれるアセトアルデヒドと結合してしまいます。酸化防止などに効果があるのは硫黄イオンですが、硫黄イオンになっているのをフリーサルファーといいます。ですが、ワインの中ではアセトアルデヒドと結合している量が大きく、それはバウンドサルファー(結合された硫黄)といいます。ワインの残留硫黄を分析するときには、フリーサルファーの量と結合サルファーの量を測ってトータルサルファーを出します。とはいえ、トータルの量は入れた量から分かりますし、重要なのはフリーサルファーです。1リッター当たり、数十ミリグラムという単位です。ワインでめったに1ℓ当たり100ミリグラムも入っているものはありませんし。そもそも、国によって使用量の制限があります。その、サルファーですがワインのなかではアセトアルデヒドと結合しているといいました。このアセトアルデヒドですが、これは発ガン物質です。アルコールを飲んだとき体の中で分解されて最終的に水と二酸化炭素に分解する過程でできるのがアセトアルデヒドで二日酔いの原因でもあります。また、呼気に含まれるアセトアルデヒドが口から胃に移動する際に食道を通りますが、食道がんの原因とも考えられています。サルファーはそんなアセトアルデヒドと結合しているのです。それでアセトアルデヒドを無毒化しているかどうか、不活性にしているのかどうかは知りませんが、そういうことかも知れません。サルファーを添加していないワインを飲むということは、アセトアルデヒドを大量に摂取するということになりませんか? アセトアルデヒドと結合したサルファーが体の中でどういう変化をするのかは知りません。サルファーとアセトアルデヒドの結合が解かれてしまうのかも知れませんし、結合したまま排泄されるのかも知れません。サルファーを気にする人はアセトアルデヒドを気にした方がいいかも知れません。

ただ、亜硫酸塩はアレルギーのある人がいますし、特に喘息の人は注意が必要だといわれていますので、そういう方はワインを飲む時は注意が必要です。